中つ国の復活から早数年。

王位に就いた千尋は、当初こそ心許なくはあったが、日を追うごとに確固たる王として成長してゆく姿は目を見張るものがあった。

そんな若き王とその従者たちは、復活間もない国の内外を安定させるべく日々奔走していた。



そんなある日、忍人は千尋に――否、中つ国の王である彼女に呼び出された。

参上すると、人払いのされた部屋の中に王と狭井君が待っていた。

彼女は狭井君と何かを話していた様子だったが、忍人の姿を見つけるとすぐに会話を切り、こちらを見据えた。

まっすぐ背を伸ばした彼女は、まさに王に相応しい威厳と貫禄を身に備えつつあった。

「陛下、お呼びでしょうか。」

「…ええ。ご苦労でした、葛城将軍。顔を上げてください」

言われ、折っていた姿勢を正すと、青く澄んだ瞳と視線が合う。

忍人を見つめる彼女の表情は静かで、そして硬い。――いや、これが王である彼女の貌なのだ。

「…今日呼んだのは、他でもありません。あなたに折り入って頼みが――」

そこで彼女は一度言葉を切ると、瞳を伏せてゆるく頭を振った。

「―いえ、"頼み"という言い方は正しくありません。…あなたに、拒否してもらうわけにはいかない。」

彼女の視線を、毅然としていてそれでも揺れる瞳の底を見て、忍人は彼女がこれからどういったことを自分に命じるのかを心の奥で感じていた。

彼女は、彼女自身の意志とは異なる、"王として"の言葉をかけようとしている。

あれだけ、上の立場から命令を下すことを厭っていた彼女が。

こんなことを命じたくはないと瞳の奥で語りながら、それでも真っ直ぐに忍人を見て、王としての責務を果たそうとしている。

そんな姿を見て、忍人は大きな感慨と、一抹の寂寥を感じていた。

――我ながら身勝手な話だ。

あれだけ王としての自覚を持てだの、私情を捨てろだのと口うるさく言っていたのは自分だというのに。

実際に"王らしい"彼女の姿を目の当たりにして、歓喜と同時に胸の奥がかすかに痛むなど。

忍人は心の中で浅ましい己を自嘲した。

それでも、忍人は心に決めたただ一人の王のためならば、それが王として彼女が決めたことならば、果たす覚悟があった。

たとえ、それが自らの命に関わることでも。



「葛城将軍。…中つ国のために、犠牲になってください」



王としての仮面の奥で血を吐くように言の葉を紡ぐ彼女を見て、忍人は万感の思いと、筆舌に尽くしがたい幸甚を込め静かに頭を垂れた。



「…御意。」



かすかに、彼女が吐息を詰めた気配を頭上で感じた。









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